2022 鱒の森10月号掲載
騒ぎの前まで、僕らの標準と言える暮らしがいかに豊かだったのかを思いしらされた2年間が過ぎて、世の中はようやくこの春になってからかつての標準に向かってなんとか動き始めた。
そんな5月のはじめ、都内での飲食業をあきらめ地元に戻ってきた友人と妻のユリさんの夫婦を迎えに新千歳空港に出かけた。待ち合わせに選んだ場所は新千歳空港国際線ターミナルのベンチ。この2年の閉鎖で嘘のような静寂に包まれている。缶コーヒーを片手に彼らと互いの近況を報告していた。
数年後には、あのマスクだらけの世の中は何だったんだろう?という日になるとは思うけれど、この約3年で、人や、会社や、街が、それぞれ窮地に立たされた時にどのような選択をするのかがなんとなく見えたような気がする。
当時の自身がSNSなどでどのような発言をしていたのかを振り返る人は少ないだろう。
そして僕は、自分がこういう人物だったのか、ということがよくわかった。
騒ぎの中で、僕はルアーフィッシングに対するモチベーションと向かい合っていた。10数年前に釣り具メーカーを始めてすぐの頃、業界の先輩から『きっと福士さんもそのうちルアー釣りはやらなくなりますよ。もう仕事にしてしまったのだから今までのようにルアー釣りを楽しめないんです。真面目に仕事するほどそれは早くきますよ。』と言われときには「さすがにそれはないです!」そうきっぱりと反論できていたけど、年数と経験を積むにつれて僕はそれを少し実感するようになっていた。
いつもワクワクしていた翌日の釣りの準備は、「このルアーの釣果写真を撮りに行かなくちゃ。」という義務感に代わり、自信をもって作ったルアーもテストが増えるたび、「僕はいいけど多くの人は使い難いかな…」という妥協点を模索するようになり、以前のような高揚感を持てずにいる自分に気が付いていた。
ルアーやロッドなど道具を製作することは変わらず大好きなので、ここ数年はそれが気持ちを繋げていたけど、それを続けるのも難しくなってたのは、通常の仕事に費やす時間と作業に加えて、イベント事などで1年間の週末をほとんど失うようになったから。
アイデアや作業途中のモノが引き出しの中に溢れているというのに、夢中になれる時間が無いことほど大きなストレスはない。ついに「僕も何となく分かったような気がします。」と数年前に先輩に打ち明けたとき、
『最初の頃に僕言いましたよね?みんな好きだったんですよ最初は。僕も。もう仕事として割り切るしかないんですよ。』
そう返してくれた先輩に反論する熱さがもう僕の中になくなっていた。
幸いだったのは、同時期に友人が鮎の友釣りに誘ってくれたこと。初体験の鮎釣りはルアー釣りではない目新しさに加え、なかなか上達できないもどかしさが僕にはちょうど良くてすぐに夢中になった。やっぱり魚釣りは楽しいな。
そう思いながらもモノ作りの時間が制限されるストレスは解消されず、それが爆発寸前だったところにやってきたのが新型コロナウイルスだった。
この流行り病とともに、外出や集会などが規制され、毎年恒例の釣りイベントもすべてが無くなった。不謹慎だけれど、僕にとっては都合のいい「自粛」となり、少しほっとした。
そして、急に戻ってきた時間の中で、今度は溢れる想像力で爆発寸前になった。先行きの見通しのないままどんどん無駄なものにまで手を出し、自分が何処へ向かい何を作っているのか分からずこんがらがっていた。
けれど、考えてみたら僕は子供の頃からそうだった。バルサや樹脂の削りカスを腕で押し退けて机の上に無理やり作ったスペースでコーヒーとおにぎりを食べていると、いつの間にか抱えているストレスが何だったのかも忘れ、鼻歌交じりにルアーのフックを交換していたりする。単純に毎日が楽しかった。
思いもよらなかった濃密な2年間のモノ作りの日々を過ごし、その結果できあがった作品はというと、作業途中のモノが引き出しの中に納まらないほどまでに増えただけ。しかし、ルアー釣りへの意欲は今までで一番になったかもしれない。
そんな話を20年ぶりに北海道に戻ってきた年上の友人夫婦に話すと、彼らから戻ってきた話は、この騒ぎの中で飲食の業界に身を置いていた人にしかわからないとても苦いものだった。話し上手なので面白おかしく語ってくれるが「風評被害」「自粛警察」という刺さる言葉もあってとても笑えなかった。
『俺らと違ってアウトドア業界はバブルだったよな?』
と数字を並べながら経営者然とした質問をする彼に、
「膨らみかけたけど、皆が一気に息を吹き込んだものだからもう破裂しちゃったよ」と答え、「もう飲食店が空いてるんだからみんな街に戻るよ。鮭みたいに。」とつけ加えた。
そう、いろいろあって、みんなそれぞれの場所に戻る頃合いなのだ。
鮭みたいに海に降りて荒波にもまれてもまた川へ帰ってくる。
『ほら、浮気は楽しいから一気に燃えるけど、だいたいは結局家に戻るじゃない』と、唐突な話題をぶち込んできたユリさんの笑顔が少しだけ怖かったけれど、だぶん伝えたいことは同じだった。
『福ちゃん!秋になったらまたサケ釣り連れてってくれよ!!』と、それほど釣りが好きでもないのに話を逸らした夫の置かれた立場が気になったけれど、どのみち二人はユリさんの地元にもどり店を始める予定でいる。
騒ぎの中で変わってしまった標準は全く同じには戻らないかもしれないけれど、
騒ぎの前に失いかけていた僕の自分らしさは少し取り戻せたかもしれない。
騒ぎの後に僕はもの凄く魚が釣りたい。しかもデカいやつばかりをルアーで。